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2011年12月14日。
セネガル在住の日本人に対して年2回行われる安全対策会議。
今年は7月分がデモで流れてしまったため、この12月の回のみとなった。

およそ丸一日をかけて行われるこの会議だが、その昼休みを狙って
隊員自主運営の分科会の一つ、ものづくり会が活動でつくった
商品を販売することとなった。

今回販売したのは下記の通り。
 
 ケベサック
  ケベメールの女性グループがセネガルワックスで作るかばん。
  ポーチやPCケースもある。

 コキの裂き編ポーチ
  あまり布を裂いて編んだ、円形や長方形のファスナー付ポーチ。
  今回は思索でヨーヨーつきコースターも販売

 ジョアルの鱗ピアス
  大きな鱗を洗って乾燥させ、マニキュアでデザインし、
  ピアスにしたもの。女性たちの斬新過ぎるデザインが売り。

どれも女性グループが収入向上のために作っているものだ。
今回、大人気だったピアスは完売、試作品のコースターも売り切れた。
販売者としても常連のケベサックのおばちゃんたちも上機嫌。

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誰かを笑顔にするのは決してお金じゃないけれど、
仕事の成果を目に見える形で計れる方法のひとつがお金
目に見えて自分たちの出来ることが増えるなんて嬉しいに違いない。

ものづくり会にいるアタシとしては活動村ンダンガンサンブの
おばちゃんたちとともに何かものづくりをしてみたいのだけれど、
ゴミ以外はないものだらけなのでものづくり自体を推進すべきかも
考えてしまう。

ただ、せっかく隣にフランス人観光客の多い観光地があるわけだから、
いつかそういう小さいマーケットを利用したいんだけどね。

2011.12.15 / Top↑


明日から任国外旅行に向けて上京するという日。
ンダンガンサンブでの活動を終えて、バイクをちょろっと整備し、
約束の時間ギリギリになるころに、シマル村の仕事仲間を発見。
なんとバイクを直していた

実はこの道、滅多に通らないけど、なんとなく通ってみたんだ。
そしたら・・・いた!
村が小さいとは言え、こんな急いでる日に偶然、約束の相手に
会えるなんていうのは、運が良いにもほどがある。

よくよく回りを見渡すと、ここはモスケの脇で公共水道のある場所。

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水道が出来て半年くらいが経ったけど、ちゃんと水が出ていた。
無論、勝手に使うと水道費が上がるので、どの水道も
近所の人が南京錠で管理している
家の水汲みを担当する若い女の子たちは、時間になるとやってきて、
井戸で水を汲んでたときと同じように、バケツを頭に乗せて家に運ぶ。

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セネガル女子はいつ見ても姿勢がいい。

そんなこんなでバイクが直るのを子どもたちと遊んで待っていた。

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実はこの子たち、他のボランティアが教えている歌を歌うのが好き。
この日も「大きな栗の木の下で」を歌ってくれた。
ついでにセネガル国歌も一緒に歌って、大盛り上がり。
普段はフィムラで活動していなくても、他の日本人ボランティアの
活動を通じて子どもたちと繋がることができるのが、嬉しい。

たった2年という滞在期間で出来ることなんて限られているし、
結果なんてそうそう出るものじゃない。
自分が去ったあとの未来にせめてもの可能性を残すのが精一杯
だからおばちゃんたちと仕事をしていても、子どもたちに教えても、
何かを変えているという実感は薄い。
正直、、、ツラい

それでも、みんなで歌って踊って楽しかったというこの日の出来事が、
子どもたちの心の片隅に残って、小さすぎるかもしれないけど、
彼ら・彼女らが未来を築く原動力になるのかな、って妄想すると、
ちょっとはアタシがフィムラに居ることに意味があるのかも

2011.11.24 / Top↑
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週末から任国外旅行に行くため、活動先の加工場を一目見に、
小学校の帰りに立ち寄った。

 今年度も魚、上がらないのかな~

時期的にないのは確かだけど、魚を去年ほど見ていないため、
やっぱりそこが気になるわけだけど、
おかげさまで気兼ねなくバカンスに行けるってもんだ。

ま、行ったら行ったでエビ加工のジョーラおばちゃんたちが居たんだが。

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季節労働者というコトバが当てはまるかは分からないけど、
エビの時期になるとやってきて、上質の干しエビを彼女たちは作る。
女性でもフランス語を話す人たちが多いみたいで、商売も上手そう。
やっぱりダカールに売りに行くと言っていた。

ホントはもっと仲良くなりたいんだけどなぁ…。
2年て、短い。。。
2011.11.23 / Top↑


実は1週間半をかけて、今一度手荒い啓発なる活動をした。
小学校のストライキもなく、小学校に顔を出しに行けば
子どもたちが思い思いに全力で、手洗いの歌を歌ってくれる環境。
直接的な効果が出ているわけではなかったけど、

 Ňilaneは手洗いの歌を一緒に歌ってくれるから楽しい

と、そう子どもたちが思うような時間が多くなればなるほど、
この村の未来に何かが残るんじゃないかと、半信半疑ながら
期待をかけてみたのでした。

途中、体調を崩しながらも、土日以外はすべて学校へ。
いつもどおり、先生たちの授業の合間を縫っての授業展開
小学校1~6年生、全9クラスを指導したわけだが…

結果的に未来に繋がったんじゃないかな、と勝手に思っている(笑)。

やっぱり生徒たちにとって内容はどうあれ歌うことは楽しみで、
それを一クラスごとに提供できたのは良かったと思う。
しかも自分たちのセレール語で歌える歌が増えたんだから、
いつでも、間違っていながらも、教わったら口ずさむ。
というのも、毎朝小学校に行くたびに

 Laxaad yo xa baay nuun, laxaad yo xa baay nuun ~

と、アタシに歌いながら近づいてくるほどだったのだ。
ずーっとずっと、覚えていてくれると良いな。

さらに今回、以前よりも先生たちが協力的になったという収穫もあった。

以前は「私は関係ないから」というような目つきで、
とりあえず教室に座ってケータイをいじったり、
アタシの授業の間は教室から出て休憩する先生が目立ったけど、
今回は言葉に詰まると助けてくれたり、
実際に手洗いの方法をバケツを使って指導する先生も現れた。
どんなに頑張ってもコトバが足りないと思うところは多々あるから、
本当に助けられた1週間だったなと振り返る。

いろんな部分で、5年後、10年後の未来が不安すぎる村だけど、
一生懸命、なんとかしようと頑張っている彼ら・彼女らを目の当たりにすると、
きっと大丈夫だって気がする。
そんな一枚↓。

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2011.11.23 / Top↑
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 タバスキ(犠牲祭)前には始めたいんだよね。

先週木曜日、フィムラの隣村シマルの小学校へ行った。
そのときにアタシがぼそっと発した言葉。

この村でマイクロファイナンスを始めるということになってから、
実はもう、1年以上経っている
アタシの前任者(同じく水産局配属で村落隊員)がこつこつと礎を築き、

 なんとなく現地の連絡役をやってもらえれば…

という感じで、サブ活動として引き継いでみたこのプロジェクト。
現地では今年の5月くらいから徐々に聞き取り調査を進めてきた。

といっても…雨季は何もしてないんだけど、おばちゃんたち忙しいから。

さすがにタバスキのあととなると、一生始まらないんじゃないかと思い、
学校のバカンスが明けた今回、始めたいな…と告げてみたのだ。

カウンターパートとなるママドゥ先生もそれに同意。

そして今日、立上げ時の参加者となる女性11名とともに会議をした。
(実際の参加者は10名で、ひとりはお仕事中だったけど)

彼女たちのほとんどは小学生以下の子どもを抱える寡婦
収入源は季節によって違うけど、市場で鶏や魚売ったり、
観光地のお土産屋さんで細々と売っていたり、
染物指導や染物販売をしている人たちだ。

その一人ひとりに15,000FCFA(3,000円弱)を貸し付けて、
12月末から毎月、2,000FCFAずつ返してもらい、
最終的に1,000FCFAの利子を払う形で返済完了とするシステム。
3~4人のグループを組んでもらい、お互いを緩やかに監視させる。
うまく返済がなされれば、新たな貸付を3~4人のグループに対して始める予定。

前任者が置いていった200,000FCFAが元手で、今回の貸付で余ったお金や
返済されたお金を管理するために現地信用金庫に口座を開設する。
その口座開設費は参加女性から1,000FCFAずつ徴収済み。

つまり、立ち上げ時の貸付が全て返済されるのはあと8ヶ月後

 あー、アタシいないや・・・。

なんとなく、一瞬ガッカリした。
無論、どんなにママドゥ先生がしっかりしていたとしても、
返済が上手くいかないなんてザラだから、もっとかかると思う。

なにはともあれ、今後はいつものンダンガンサンブに加えて、
今以上にシマルにも通わないとだな…と、ちょっと楽しみになったのでした。


うまくいくといいな。


2011.10.29 / Top↑

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