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2011年9月27日、上記6人で任国外はカーボベルデへ旅行に行った。
21-3が4名と21-4が2名※1の計6名。
もとはと言えば21-3の同期旅行だったらしいが、気づいたら誘われていた。
ちょうど調整員さん※2

 最近ちょっと疲れてるんじゃない?休んだら?

と言われたこともあり、即参加決定。仲良しの同期も誘っての旅行となった。

つまり、誘われた身で便乗する気マンマンだったんだけれども…。
なんと、21-3は飛行機の予約すらしていなかったことが判明
結局、これといって取り柄のない村落隊員のアタシが旅行代理店(苦笑)。
まぁ、たしかにこういう作業は苦じゃないけど…なんでそれ、バレた?!

というわけで、左から
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財務大臣海上保安庁長官食糧庁長官厚生労働大臣総理大臣観光庁長官
・・・というメンバーでいざ、出航

ダカールの空港からおよそ1時間半(たしか)。
セネガルよりも1時間遅く時計の回っているカーボベルデ(CV)に上陸。
セネガルの通貨フランCFAをCV通貨エスクードに換金した直後の、

 ぬぉ、、フランCFAってマジ・・紙くず?!

という遣る瀬無い思いを胸にしまって、早速乾杯

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その日から瓶でも生でもSTRELAという地元ビールにお世話になりつつ、
毎日毎食、いや…食べてなくても、むやみやたらと乾杯

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そして食糧庁長官がいるくらいだから、食事はグルメざんまい

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だいたいが普段、自分の任地ではお目にかかれないエビに舌鼓。
もちろん、マグロ白身魚タコも堪能。
デザートには露店でアイスやジェラートをここぞと味わい尽くした。

この暴飲暴食が祟って、食糧庁長官は終盤戦ダウン…。
総理大臣はじめメンバーの多くがお腹に支障を来たし、
ダカールに帰ってから厚生労働大臣は意識がどっかに遠のき、
観光庁長官(アタシ)は2kgの減量を確認…。

 フードファイター祭 in カーボベルデ

まぁ、疲れたのもあったんだけど、今までになく遊んだからかな。

とにもかくにも、海が青い
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もちろん足元を覗けば透明の水の中を魚が泳いでいて、
底までの深さもわからないくらい、見通せた。
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そう、アタシたちが行ったところは理想のビーチ
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静かで広々とした、でもダイナミックな波を目の当たりにしてはしゃがないわけがない。
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最右下写真は浮き輪を買おうか迷っている図。結局買った。

このビーチ付近滞在中は、波に浮かばされ、シュノケーリングをし、
一方でホテルのプールで泳ぎまくり。
今までになく海を満喫し大満足
これも海上保安庁長官のおかげ。

しかしアタシたちがメイン(となってしまったんだけど…)で訪れたここ、サル島
アタシたちが最初に訪れたサンタマリア以外は荒野そのもの
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そこを移動中、トラックの荷台に乗ったのは本当に気持ちよかった
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でも実は推定120km/hは出ていて、しゃべるとヨダレが出るほどだった。

空港近くのペドロ・ルームにはサル島(Ilha do SAL)の語源となった塩田が広がっていた。
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冒頭の写真はここの入口で撮ったもの。

期せずして訪れたこの地でも、アタシたちはやはりはしゃぐばかり。
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塩湖で浮かぶなんて、死海に行く以外にないと思ってて入れたのは感動。
出るたびにカラダが塩の結晶だらけになるんだけど…。
でも水で洗ったあとは肌がしっとり、プルプルしてた

そしてその日の夜にサオ・ヴィンセント島にたどり着いた私たち。
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この国の首都プライアよりもずっとモノにあふれ、明るい街。
たまった疲れでテンションは下がりつつあったけど、
あと2日を乗り切るためのガッツポーズを撮ってみた
(誰が撮ったんだろう…ちなみに右は昼間の様子。船いっぱい

翌朝7:00に起床。
本当は8:00の船でお隣の島、サオ・アンタオ島に行く予定だった。
しかし運悪く、2つあるうちの船会社がバカンス。
1日2往復分しか便が出ない状態だったため、
アタシたちが船着場にたどり着いた時には、すでに出航済だったのだ。
つまり、サオ・アンタオ島には行けない…

しかしそんなことにくよくよしてたら時間がもったいない!!
地元の人に聞いて近くのビーチに足を運んで情報収集
結局、地元の人に車を出してもらって、一山超えて別のビーチへ移動。

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ここに至るまでホントいろんなことがありすぎたけど、
アタシたちはどこに行っても楽しめるという自信がついたかな。

いろいろ…というのは
 
 1日目。あるはずだった飛行機がないことになっており飛べず。
  翌朝飛んだけど、どうやらこの国の国内線は前日にダイヤが決まるようだ。
 
 同じく1日目。使えると思ってたクレジットカードが使用不可
  その上食糧庁長官がキャッシングを試みたところ、なんとカードが食べられた
  翌日別の空港で総理大臣がトライしたところ、やっぱり食べられた
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  この国のキャッシングマシーンはお腹がすいているらしい。
  ちなみに同じようにしてアタシはなぜか現金を手に入れられた。観光庁特権
  ほぼ現金しかきかないこの国を現金薄でしばらく暮らすことになったアタシたち。
  財務大臣のただならぬ苦労と、厚生労働大臣の現金力に今でも頭が上がらない。
 
 3日目。サオ・アンタオ島に行くべく、サル島を出ようと空港へ
  待っても待ってもボーディングに進まず…聞きに行くと、今日は飛ばないって。
  グランドホスト見習いのセネガル人と総理大臣が話を付けてくれた結果、
  空港近くの市街地に1泊することに。いやーマジウォロフ語わからん(涙)。
  総理大臣がありがとう
  そして任国外に来てもなおセネガルを思い出させてくれた彼、さすが。
 
 4日目夜。荷物を置いた宿に戻ると、管理人のお姉さんが出てきた。
  門のオートロックを開けてくれた直後、なんとホテルそのもののロックがかかり、
  管理人およびその犬ともども、アタシたちも締め出しを喰った…
  犬のせいだと言い張るお姉さん…しかしあなたの管理不足だよと言いたい(苦笑)。
  この人、いつか観光業界で出世してほしいな…ってのはかなりの希望的観測。
  結局海上保安庁長官がベランダに上り解錠。
  なんでこのお姉さん、宿泊客に助けられてるんだろう…。
 
 5日目。早朝、船に乗ろうとしたところ、出航済み
  こともあろうに、2社あった船会社のうち1社が船修理のためバカンスで、
  定期便が午前と午後1便ずつに減ってしまっていた。
  カーボ人も絶賛の島、サオ・アンタオに行きそびれた
  実はこの前日、船の予定等旅行会社で再三確認しての事態…観光立国になるにはまだまだだね。

 セネガル帰還直前~帰還後にかけての体調不良。
  全員が全員、最終的に体調不良を訴える結果となったこの旅行。
  原因は暴飲暴食にあるが、任期満了3~5ケ月前のアタシたちの健康貯金も
  底をついていたためだろう。アタシたちは厚生労働大臣のとっさの判断に
  たいへんお世話になりました。どうもありがとう。

そういうわけでこの記事タイトルに七転八倒がついたんだけど。
6日目の最終日は特に問題も無く、無事にセネガルに帰還した。
ダカールの空港を出て隊員連絡所に向かうタクシーの中、
今まで素敵だな、綺麗だなと思ってた金持ち不動産がボロ屋敷に見えた。
と同時に、不謹慎ながら、

 今日こそ、飛行機が飛ばなかったらもう1日いられたのに!!

と、先にセネガル帰還した女子4人は心の中で思っていたことだろう(苦笑)。
カーボはホント良いところだったし、一緒に行ったメンバーもなかなかの組合せ。
いつかまたこの国に行けるなら、もっと余裕の日程を組んで行きたいねぇ。

ちなみに…日本の旅行会社がこの国のパックツアー的なものをやらないのは、
おそらく上述の通り、予測不能でかつ敵意に満ちたアクシデント(苦笑)が
容易に想像できるためだろう…と、一同が納得した旅でした。


※1 21-3、21-4
年に4つの隊に分けて派遣される青年海外協力隊。平成21年度3次隊を21-3、平成21年度4次隊を21-4と呼ぶ。つまり、お隣の隊次。

※2 調整員
隊員が活動しやすいよう、色々と便宜を図ってくださるJICA事務所の方たち。元隊員という方もいるので、活動について相談したり生活について頼りにしたり…ボランティアの心強い味方。
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2011.10.18 / Top↑
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