
夕方4時を過ぎたころ、ちょうど気温が下がり始めて多少涼しくなる。
その時間を狙って、おもむろにトレーニングに励むおにーちゃんたちが
どこからともなく沸いて出てくる。

冒頭の彼らはリュッター(直訳すれば「闘者」かな)。
セネガル相撲と呼ばれるリュットに励む青年たちである。
俺たちはセネガル・クスクス※1を食べるから強いんだ!
ただ、彼らの食べ方を見る限り、栄養価が高いとは思えないクスクス。
でもセレール人で有名なリュッターは多いみたいだし、
だからこそセレール人の強さの素はやっぱりクスクスでしょ!って、
国民的に認識されている(笑)。
で、いかついかというとそうではなくて、みんなお茶目。
写真撮らせて!!って言ったら、フォーメーション組んでくれたくらい。
このトレーニング場(小学校のまん前)を立ち去って海に近づくと、
今度はおじーちゃんたちのたまり場に行き着いた。


こちらも写真を撮らせて!!と言ったら満面の笑み。
お話にゲームにとわいてるおじさん、おじーちゃんたちの前では
東洋出身のチンチクリンなサルみたいなアタシでもモテモテだ(笑)。
この日は実は、たいした仕事もなく借り物の一眼レフ
を持っていたんだけど、デジカメなんかよりずっとカメラらしくてみんなの方がワクワクしてた。
こういう風に何気ない人々の生活を間近で取れるくらい、
コミュニケーションが出来ると良いなーと。
任期終盤になってちょっと寂しくなったのでした。
※1 セネガル・クスクス
ヒエから作る主食の一種。世界最小のパスタと言われるクスクスと同じく粒状だけど、舌触りがかなり異なる。子どもたちはそのままツマミ食いすることもあるけど、ヨーグルトと混ぜてオートミールのように食べたり、魚仕立てのソースをかけて食べることもある。地域によっては水やお湯で食べやすくしただけのものを食べたりもする。コレを食べた翌日は便通がすこぶるいい。
2011.11.26 / Top↑

明日から任国外旅行に向けて上京するという日。
ンダンガンサンブでの活動を終えて、バイクをちょろっと整備し、
約束の時間ギリギリになるころに、シマル村の仕事仲間を発見。
なんとバイクを直していた。
実はこの道、滅多に通らないけど、なんとなく通ってみたんだ。
そしたら・・・いた!
村が小さいとは言え、こんな急いでる日に偶然、約束の相手に
会えるなんていうのは、運が良いにもほどがある。
よくよく回りを見渡すと、ここはモスケの脇で公共水道のある場所。

水道が出来て半年くらいが経ったけど、ちゃんと水が出ていた。
無論、勝手に使うと水道費が上がるので、どの水道も
近所の人が南京錠で管理している。
家の水汲みを担当する若い女の子たちは、時間になるとやってきて、
井戸で水を汲んでたときと同じように、バケツを頭に乗せて家に運ぶ。

セネガル女子はいつ見ても姿勢がいい。
そんなこんなでバイクが直るのを子どもたちと遊んで待っていた。


実はこの子たち、他のボランティアが教えている歌を歌うのが好き。
この日も「大きな栗の木の下で」を歌ってくれた。
ついでにセネガル国歌も一緒に歌って、大盛り上がり。
普段はフィムラで活動していなくても、他の日本人ボランティアの
活動を通じて子どもたちと繋がることができるのが、嬉しい。
たった2年という滞在期間で出来ることなんて限られているし、
結果なんてそうそう出るものじゃない。
自分が去ったあとの未来にせめてもの可能性を残すのが精一杯。
だからおばちゃんたちと仕事をしていても、子どもたちに教えても、
何かを変えているという実感は薄い。
正直、、、ツラい。
それでも、みんなで歌って踊って楽しかったというこの日の出来事が、
子どもたちの心の片隅に残って、小さすぎるかもしれないけど、
彼ら・彼女らが未来を築く原動力になるのかな、って妄想すると、
ちょっとはアタシがフィムラに居ることに意味があるのかも。
2011.11.24 / Top↑

週末から
任国外旅行
に行くため、活動先の加工場を一目見に、小学校の帰りに立ち寄った。
今年度も魚、上がらないのかな〜

時期的にないのは確かだけど、魚を去年ほど見ていないため、
やっぱりそこが気になるわけだけど、
おかげさまで気兼ねなくバカンスに行けるってもんだ。
ま、行ったら行ったでエビ加工のジョーラおばちゃんたちが居たんだが。



季節労働者というコトバが当てはまるかは分からないけど、
エビの時期になるとやってきて、上質の干しエビを彼女たちは作る。
女性でもフランス語を話す人たちが多いみたいで、商売も上手そう。
やっぱりダカールに売りに行くと言っていた。
ホントはもっと仲良くなりたいんだけどなぁ…。
2年て、短い。。。
2011.11.23 / Top↑

実は1週間半をかけて、今一度手荒い啓発なる活動をした。
小学校のストライキもなく、小学校に顔を出しに行けば
子どもたちが思い思いに全力で、手洗いの歌を歌ってくれる環境。
直接的な効果が出ているわけではなかったけど、
Ňilaneは手洗いの歌を一緒に歌ってくれるから楽しい

と、そう子どもたちが思うような時間が多くなればなるほど、
この村の未来に何かが残るんじゃないかと、半信半疑ながら
期待をかけてみたのでした。
途中、体調を崩しながらも、土日以外はすべて学校へ。
いつもどおり、先生たちの授業の合間を縫っての授業展開。
小学校1〜6年生、全9クラスを指導したわけだが…
結果的に未来に繋がったんじゃないかな、と勝手に思っている(笑)。
やっぱり生徒たちにとって内容はどうあれ歌うことは楽しみで、
それを一クラスごとに提供できたのは良かったと思う。
しかも自分たちのセレール語で歌える歌が増えたんだから、
いつでも、間違っていながらも、教わったら口ずさむ。
というのも、毎朝小学校に行くたびに
Laxaad yo xa baay nuun, laxaad yo xa baay nuun 〜

と、アタシに歌いながら近づいてくるほどだったのだ。
ずーっとずっと、覚えていてくれると良いな。
さらに今回、以前よりも先生たちが協力的になったという収穫もあった。
以前は「私は関係ないから」というような目つきで、
とりあえず教室に座ってケータイをいじったり、
アタシの授業の間は教室から出て休憩する先生が目立ったけど、
今回は言葉に詰まると助けてくれたり、
実際に手洗いの方法をバケツを使って指導する先生も現れた。
どんなに頑張ってもコトバが足りないと思うところは多々あるから、
本当に助けられた1週間だったなと振り返る。
いろんな部分で、5年後、10年後の未来が不安すぎる村だけど、
一生懸命、なんとかしようと頑張っている彼ら・彼女らを目の当たりにすると、
きっと大丈夫だって気がする。
そんな一枚↓。

2011.11.23 / Top↑

11月22日のこと(あ、「いい夫婦の日」だ…
)。小学校教諭のA氏とともに隣村のンダンガン・キャンプモンで、
ヒヨコを18匹購入


















実はフィムラ隊員、養鶏が趣味。
こうしてうちにヒヨコを調達して来るのも、うちで3代目だった。
今回はいずれ、卵を産むだろう黒いヒヨコも購入。



左からゴマ、クロ、ピヨ吉。
現在フィムラ隊員が3人なので、それぞれのヒヨコとして育てることにした。
残りの15匹はそのうち、A氏の家でその半分を飼育することになる。
いざというときの非常食、お客さんが来たときのおもてなし。
自分で育てた鶏を食べるなんて、日本じゃ出来ないからね。
感慨深いものです

2011.11.23 / Top↑



